連載

vol.03 アフリカというお仕事<欄外コラム集>(MAR 2004)

▽ コラム1 アフリカと名の付くお役所

アフリカと名の付く役所はどれだけあるのか?
ほとんどなかったが、意外なことに経済産業省・通商政策局に「欧州中東アフリカ課−中東アフリカ室」なんてのがあった。
ただしアフリカに事務所もなく、室の人も「現地のことはジェトロとか外務省に聞いた方が…」。

ここは政策局で、部署名は単なる担当地域名だったらしい。確かにジェトロはアフリカ5カ国に事務所をもつ。かつて日本が貿易赤字(!)だった頃、ジェトロと企業は手を携えて日本製品の市場開拓を計ったという。
でも今は何しているんだろう、ジェトロって。HPでノンキに「ジェットでトロを運ぶ団体ではありません(笑)」とか言ってる。
そんな暇あったら仕事を分かり易く説明して欲しいぞ。
もしかしたら、説明できるような仕事自体がなかったりするのかしらん。


▽ コラム2 スーダンは中東だった!

スーダンはイスラム原理主義を標榜する国家でもあり、国民の40%はイスラム教徒。
だから中東に括られるのかも。でもイスラム教徒率でいけば、西隣のチャドは50%、その西に続くニジェールは75%、マリは80%である。
しっかりアフリカ第二課に組み込まれているソマリアは95%がイスラム教徒だ。

外務省が管轄地域を分けた時代と現代との宗教版図の違いもあるかもしれないが、違う文化を一国に押し込め、内戦を誘発した不必要に広い国土といい、紅海をはさんでサウジを眺める地理的位置といい、どうもこの国からは地政学の臭いがしてならない。つい色々と勘ぐりたくなってしまうのだ。


▽ コラム3 西サハラという問題

1976年、旧宗主国スペインが撤退した西サハラを、隣国モロッコが占領する。
地元の民族運動組織「ポリサリオ」は抵抗し、サハラ・アラブ民主共和国の樹立を宣言した。そこで、国連でも旧OAUアフリカ統一機構でもモロッコは非難されてきた。今に至るまで解決していない。これが「西サハラ問題」。

日本では遠い世界での出来事として語られてきたが、昨秋、東京で開かれた第三回「アフリカ開発会議」(TICAD)で、にわかにクローズアップされた。


▽ コラム4 TICADでの一悶着!

TICADでは侵略側のモロッコを招き、被侵略者の西サハラは招かず。
「アフリカとのパートナーシップ」と謳いながら、これはなぜ。と、NGO日本サハラウイ協会が外務省へ噛みついた。

外務省の対応は見るも無惨で、日本が抵抗勢力側の国家を承認していないから西サハラを招けないの一点張り。「国が、国が」と言ってみたり、アフリカとの協調を謳ってみたり、一つ一つは御説ごもっとも。だけど発言を全部足すと、外務省が何を目指すのか分からなくなってしまうのは、国民の勉強不足のせいだけではないのでは?!


▽ コラム5 協力隊の3C政策?

アフリカで働く同胞として忘れてはいけないのが青年海外協力隊、JICAだ。現地では「ジカ」と言った方が通りよいかもしれない。
彼の地で珍しく日本人を見かけ、話してみると協力隊だったりすることが結構ある。アフリカでは割とよく会う人種だと思っていたら、どうやらそれは東から南部アフリカにかけての話のよう。

ジャイカの活動している国は、なんだかカイロ〜ケープタウンを結んでアフリカ縦断支配をもくろんだイギリスの3C政策のように東・南部アフリカが多い。まさか、JICAがアフリカ征服を企む訳もなく、治安の良い国に派遣する都合上、気がついたらアフリカ縦断していたという結果なのだろうか。

(DoDo World News 2004年3月 第91号掲載)

written by アフリカルチャー・マップ案内人|吉田 未穂

更新履歴