連載
アフリカルチャー・マップ
様々なデータからアフリカを大解剖!!
vol.01 ノーベル文学賞
2003年度ノーベル文学賞は南アフリカのJMクッツェーに輝いた。アフリカ全域で4人目の快挙となったクッツェーをはじめ、これまでのサハラ以南アフリカ出身のノーベル文学賞受賞者を紹介する。
2003年度のノーベル文学賞を受賞した南アフリカのJ.M.クッツェーはケープタウンで生まれ育ったケープトニアンだ。そこで、11月中旬、ケープタウンでクラークス書店を訪ねてみると、平積みされた著書のなかに受賞理由にあげられた著作『恥辱』は見えなかった。
その後、12月初めになって、大手書店エクスクルーシブのヨハネスブルグ空港支店では、海外での人気を反映してか、特設コーナーができていた。
J.M.クッツェーの「ノーベル文学賞」受賞を機にアフリカ文学を紐解いてみようという人も少なくないかも。受賞者はアフリカ全域で4人目になる。南アフリカでは91年のナディン・ゴーディマに続いて二人目だ。(エジプト作家ナギーブ・マハフーズは一般にアラブ文学に含まれる。)
どれどれ、アフリカ文学は実はそんなにスゴイのか。
「人の暮らしあるところに文学あり」ならば、豊かなる文学あるところには豊かな暮らしと人生があるに違いない。ノーベル文学賞を足がかりに、アフリカ文学の広大な森の一端をのぞいてみよう。
◇ ◇ ◇
▽ J.M.クッツェー(1940〜)

ケープタウンでアフリカーナの家庭に生まれる。アフリカーナとはケープ地方への入植民に起源を持つオランダ系白人であり、オランダ語を元にした独自の言語をもつ。だが家庭でも英語で話されていたので、アフリカーナではあるが英語で創作する。
大学卒業後は英国で働き、その後米国へ移住。再び大学に戻り、71年までニューヨークの大学で教えた。当時の公民権運動やヴェトナム反戦運動に大きな影響を受けた。が、反戦集会に参加しために在住ビザが降りず、72年に帰国。最近までケープタウン大学で英文学を教えていた。
現在は南アフリカを離れ、オーストラリアに住んでいる。その著作はほとんどが邦訳されている。「ノーベル文学賞」受賞の報道では、『恥辱(Disgrace)』(99年)が代表作として紹介された。
小説デビューは74年の『ダスクランド(Dusk land)』。そのほぼ10年後に、『マイケル.K (Live & times of Michael K )』を出し、これが最初のブッカー賞の受賞作品となった。
クッツェーの作品には、デビュー作から一貫して「南アフリカで白人であること」への問いがつきまとう。自らの生まれが、差別をしてきた側の白人であることは、片時もクッツェーの頭からはなれないのだろう。
その深い内省からか、人種差別へ向かう者の人間の深層心理の描写が生み出される。それがクッツェー最大の魅力といえなくもない。
二度目のブッカー賞(99年)を得た『恥辱』は、二度の離婚歴をもつ中年の英文学教授が主人公である。奔放な性生活を送ってきたが、教え子と関係を持ったために大学を追われる。男は都会から離れて、アフリカ人地域の農場で暮らす娘のもとへ転がり込む。そこで新たな恥辱が二人を襲う。娘は集団レイプで妊娠してしまう。問題は、その後の娘の選択だったが、それは男の予想を大きく覆した。出産しようと決意し、新たな歩みを進めるのだった。
それはアパルトヘイトなき後の、南アフリカの白人たちの行くべき方向を示しているのか。それとも彼らを取り巻く混乱を示しているだけなのか。
穏やかな微笑みと、知的で厳しい雰囲気を漂わせるクッツェーだが、マスコミ嫌いらしくブッカー賞の授賞式には二回とも姿を現さなかったという。
▽ ナディン・ゴーディマ(1923〜)

ヨハネスブルグ近郊の鉱山町にユダヤ系移民の娘として生まれる。早熟な少女だったのか、10代初めから短編を創作していたという。
最初の短編集は『顔と顔を合わせて』(1949年)。66年に『ブルジョワ世界の終わりに(The Late Bourgeois World)』を出版するが、直ちに発禁処分を受けた。その後10年間、南アフリカではこの作品は読めなかった。
この物語の舞台は60年代前半の南アフリカである。アフリカ人たちの民族解放運動を徹底的に抑圧し、アパルトヘイトという狂気の人種差別政策が押し進められた時代である。合法的な反政府運動はことごとく窒息させられ、暴力による抵抗運動がクローズアップされた時期だ。
ひとりの白人女性の1日から時代状況が浮き彫りになる。彼女の元夫が死んだという電報が来る。元夫は白人の反アパルトヘイト活動家。米国で宇宙飛行士が宇宙遊泳に成功と騒ぐ同じ日に、ケープタウン港で車ごと海へ飛び込んで自殺した。
海外では新しい時代を予感させる興奮が巻き起こっているが、南アフリカでは体制と運動に絶望した男が身を投
げた。そして自殺男の元妻による淡々とした語りのなかで物語は進行していく。
そこには荒れ狂うアパルトヘイトの嵐のなかでさえ冷静に状況を分析し、事の顛末を見据えようとする視線が感じられる。閉塞状況のなかでも、そんな時代をペン先で蹴散らすかのように、白人支配の終わりを告げる題名がつけられたのもゴーディマの不屈の意思が感じられる。
彼女の代表作は南アフリカのアパルトヘイトの実像を描いた『バーガーの娘』(79年)とされているが、60年代半ばにして発禁処分さえ受ける小説を書くほど、その貴婦人らしき風貌とは裏腹に、気丈でタフネスを備えた作家ではなかったか。
そんな彼女も隣国への亡命を真剣に考えた時期があったというほどだった。まして同時代のアフリカ人作家たちはさらに悲惨な運命にあったことは言うまでもなかった。
▽ ウォレ・ショインカ(1934〜)

ナイジェリアのオショボに生まれたショインカは、幼少時より英才教育を受け、英語に親しむ。英国留学でギリシャ・ラテンなどの古典演劇とシェイクスピアを学んだ。卒業後はロンドンの劇場で働きながら、演劇の修業を続ける。
ナイジェリアが独立した60年に帰国し、劇団「マスク1960」を結成し、精力的な活動を開始した。
だが、間もなく勃発したビアフラ戦争に反対して投獄されたが、釈放後には獄中記を出版するなど、旺盛な言論活動をおこなってきた。
多数の戯曲、詩、自伝的フィクションを発表し、劇作家、詩人、作家の肩書きをもつ。その風貌にもどこか威厳が漂う。
史上初めてブラック・アフリカからノーベル文学賞を受賞した(1986年)ショインカには「アフリカ文学の巨人」の称号がふさわしい。
ただ、日本では訳書は1冊の批評『神話・文学・アフリカ世界(Myth,, Literature and the African World)』のみ。これはヨルバ民族の神話とギリシャ神話の比較論であり、アフリカ文化の内なる世界が語られる。
専門家向けの小難しい評論かと思いきや、ショインカ一流の毒気の多いコメントがポロリと顔を覗かせたり、ショインカその人を知るのにも面白い本である。
強烈な毒を含む数々の名言も忘れがたい。ノーベル賞受賞時にはこう言ってのけた。
「私の受賞を大騒ぎする必要はない。アフリカにもノーベル賞のようなものを制定して、50年か100年目にヨーロッパ人に初めて与えれば、誰もが大騒ぎするだろう」。ショインカ語録の発刊を期待してしまうゆえんである。
◇ ◇ ◇
人間の心の闇を鋭くえぐりとるクッツェー、断固とした信念を淡々と語るゴーディマ、不屈の闘志と言葉の弾丸で真理を突くショインカと、ノーベル文学賞作家だけに限ってみても、それぞれに強烈な個性を放っている。
しかし、ここはアフリカ文学の森のほんの入り口でもあった。
期をあらため、さらなる森の奥へとみなさんをご案内いたしましょう。
邦訳本のリスト
▽ J.M.クッツェー
『動物のいのち』(Lifes of Animal)(森祐希子・尾関周二訳/大月書店)
『恥辱』(Disgrace)(2000年/鴻巣友季子訳/早川書房)★ブッカー賞
『少年時代』(Boyhood)(1999年/くぼたのぞみ訳/みすず書房)
『ペテルブルグの文豪』(The Master of Petersburg)(1997年/本橋たまき訳/平凡社)
『石の女』(In the Heart of the Country)(1997年/村田靖子訳/スリーエーネットワーク/アフリカ文学叢書)★南アフリカ文学賞
『ダスクランド』(Dusk land)(1994年/赤岩隆訳/スリーエーネットワーク/アフリカ文学叢書)
『敵あるいはフォー』(Foe)(1992年/本橋哲也訳/白水社)
『夷狄を待ちながら』(Waiting for the Barbarians)(1991年/土岐恒二訳/集英社ギャラリー/世界の文学20)
『マイケル・K』(Life and Times of Michael K)(1989年/くぼたのぞみ訳/筑摩書房)★ブッカー賞
▽ ナディン・ゴーディマ
『この道を行く人なしに』(None to Accompany Me)(2001年/福島富士男訳/みすず書房)
『マイ・サンズ・ストーリー』(My Son's Story)(1997年/赤岩隆訳/スリーエーネットワーク/アフリカ文学叢書)
『ナディン・ゴーディマ短編集』(1997年/ロングマンJAPAN)
『バーガーの娘(1)、(2)』(Burger's Daughter)(1996年/福島富士男訳/みすず書房)
『ゴーディマ短編小説集』Jump(Jump and Other stories)』(1994年/ヤンソン柳沢由美子訳/岩波書店)
『ブルジョワ世界の終わりに』(The Late Bourgeois World)(1994年/福島富士男訳/スリーエーネットワーク/アフリカ文学叢書)
『ナディン・ゴーディマは語る アフリカは誰のものか』(1993年/岩波ブックレット/高野フミ/岩波書店)
『戦士の抱擁』(A Soldier's Embrace)(1985年/土屋哲訳/晶文社)
『ナディン・ゴーディマ短編集』(九頭見一士訳/南雲堂)
『現代アフリカの文学』(The Black Interpreters)(1975年/土屋哲訳/岩波新書 青版)
▽ ウォレ・ショインカ
『神話・文学・アフリカ世界』(Myth, Literature and the African World)(1992年/松田忠徳訳/彩流社)
ナギーブ・マハフーズ
『蜃気楼』(1990年/高野昌弘訳/第三書館 パレスチナ選書)
『狂気の独白』(1974年/塙治夫訳/野間宏編集『現代アラブ文学選』所収/創樹社)