連載

Vol.14 犠牲祭・タバスキのこと(下)

 ドゴンの言葉ではタバスキのことを「ライ」と呼んでいる。また犠牲祭で羊を犠牲として捧げることを「ペジュ・ライ」という。「ライ」はタバスキで、「ペジュ」が羊のことである。

 この日はまさに、羊の肉の洪水であった。犠牲に捧げられた羊は、男たちによって壁に挿されている大きな木釘に首にかけられた紐でつるされて、解体が始まった。実に上手いものだ。

 まず腹の下のほうから切れ目を入れて上に向かって皮だけを切り裂いていく。切れ目を入れると、皮を引っ張りながら剥がしていく。まるで着ているものを脱がしていくような状態だ。首のところは周囲に切れ目を入れ、すっくりと皮を剥がしてしまう。剥がしてしまうというよりも、脱がしてしまうというほうが適切かもしれない。

血は一滴も出ない。手馴れているとはいえ、上手いものだ。次に内臓を取り出していき、胃や腸のなかのものをすっかり出してしまって、きれいに洗っていく。これもまた煮込み料理になる。

 それにしても肝臓はご馳走だ、別に取り出すと大切にしまわれた。


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 風の当らない家の蔭に、アドベのレンガを1メートルばかりの高さにコの字に囲みをつくり、太い木の枝を数本渡し、そのうえにサハラの岩塩と食用油に唐辛子を溶かし込んだラー油を擦り込んだ羊の肉の塊や腿をそのまま載せ、またその上にボール紙の箱などを切り裂いたものですっかり被って、下から焙るように火を焚いてゆっくり肉を焼いていく。

 ほぼ半日掛かり、遠火でゆっくり焙った肉は、肉汁たっぷりで絶品だ。

 とくに肝臓の旨さときては絶品などという表現ではまだ生易しい。薄く切り取って、再び僅かな岩塩と胡麻をふりかけてビールのあてにすると、噛み締める口のなかで塩胡麻の陰でふんわり甘く、ほろ苦いビールの味と交じり合って、まさに至福のときを迎えることになる。

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夕方の私の仮住まいは、若者宿の様相を呈し、クセニをはじめ近所の若者たちがそれぞれに羊の肉にかぶりついていた。小さな子供たちは骨についた肉を齧る。助骨のところなどの旨さはまた格別だ。韓国料理の骨付きカルビが旨いのは当たり前だ。

モスレムである彼らは、ビールなど飲むのではなく、ただひたすら肉を齧るだけだ。モスレムでない私は、キャップマンから冷えたビールを持ってきてもらい、ビールを飲みながら焙り肉を楽しんだ。みんなで食べていると大きな肉の塊が瞬く間になくなった。私の鍋には羊肉のシチューが煮えている。昼過ぎに、ドゴンの小粒のたまねぎとトマトを小さく刻んでマギー・キューブと岩塩で煮込み始めた。一度あくを取り、再び水を加えて煮込んでいくと、トマトやたまねぎは溶けてしまって、僅かながらもとろりとしたシチューになっている。今夜の夕食に食べたとしても、大きな鍋だから、ニ、三日は食べ残りの羊のシチューを食べることになるだろう。

written by 大阪芸大名誉教授|森 淳

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