連載
ドゴンのテリ村から
神話の民と呼ばれるドゴン村の日々
Vol.13 犠牲祭・タバスキのこと(上)
2月に入るとインフォーマントのウスマンが、私の家事手伝いをしてくれているクセニに、彼がもっている羊を売って欲しいと、何度も頼んでいる姿があった。村のモスクの指導者イマームの一人として、ウスマンはどうしても羊を手に入れたいのだ。
しかし、誰も羊を売ってくれそうなものはいない。そこで独り者のクセニが持っている羊に目をつけたという次第である。
働き者のクセニは3頭の羊を持っている。日ごろ、羊は放し飼いで三頭が揃って草を食みに、村の近くや村のなかを餌になるようなものを求めて、うろつきまわっている。
不思議なことに私が見るとどれも同じ羊に見えるのだが、彼らが見るとその羊は誰のものか判別できるのには驚いた。毛並みのほんの少しの違いでも、判別できる材料になるようだ。
タバスキの前日、遂にウスマンはクセニを口説き落として、一頭15,000CFAで手を打った。タバスキでなければ、こんな高価にはならないのだが、これも需要供給の仕組みだから仕方がない。45,000CFAは大金だ。早速、クセニは下着のポケットに収めていた。
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ここ15年ばかりで、完全にイスラム化したテリ村も、なかにはひそかに昔通りのアニミズムを信じているものもいるようだが、村はイスラムの教えに従って生活が行われている。イスラム暦ではタバスキという儀式祭は、われわれのお正月のようなもので、ラマダンが明けたときのように盛大にお祝いするのである。犠牲祭では羊を犠牲に捧げなければならない。
2003年のタバスキは2月12日であった。
村人たちはラマダン明けのときと同じように、晴れ着を着てモスクで行われる早朝の礼拝に参加して、口々に「アマ・イジェ・トーリ」と挨拶すると、相手は「アマ・ナグ・トーロ」と返事をしている。「アマ」神様、「イジェ」今日、「トーリ」見守る、つまり「神が今日も見守ってくださいます」と挨拶し、「アマ」神様、「ナグ」来年、「トーロ」見守る、つまり「神様が来年も見守ってくださるように」と返事するのである。
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この日の昼の礼拝は、多くの人でモスクに入れず、中に入るのは男性だけ。女性と子どもたちは外に敷いた茣蓙に座って祈りを捧げる。
祈りの後は、村の西にある広場に集まって、男性は男性ばかりが広場の南側に、女性は少女も交えて女性ばかりが広場の北側に、晴れ着の彩の鮮やかに集まって、まずは村長(シェフ・ド・ヴィラージュ)のご挨拶。犠牲獣として連れてこられた羊は広場の中央に集められていた。
やがてイマームによって連れてこられた羊を揃えて、神に祈りを捧げ、次々に頚動脈を一気に切って犠牲とする。この日、広場で犠牲に捧げられた羊は6頭であった。
(つづく)