連載
ドゴンのテリ村から
神話の民と呼ばれるドゴン村の日々
vol.02 村のこと(後編)
村はそれぞれ断崖に向かって三本の道が、村を四つに分けていて私の仮住まいのある西の集落、モスクの道で分けられた集落、村の東側にあるもう一つのキャンプマンから断崖に向かって伸びる道に分けられた集落、そして一番東側の集落と、大雑把に分けるとその四つになる。
テリ村の住民たちにはコニレ、ブロンコ、セルナレと三つの氏族があり、それから分かれてテゴ、ゴロボウ、アマナンブウ、ガヌカガ、ジンブロウ、ウンドウナ、ウンドウナワラの七つの大きな家族集団で成り立っている。
村は村長(シェフ・ド・ビラージュ)そして各家族集団から一人ずつ長老が選出されていて8人で統治されている。かつてはオゴンと言うアマナ(神殿)の司祭を兼ねた最長老がいたのだが、一四代のオゴン・アンサンバが1991年に106才で死去した後は、村人たちが完全にイスラム化して、今でもオゴンという称号は残ってはいるものの、現在はアマトンゴロという100才の村で一番の年長者をオゴンと呼んでいるだけである。
私が1986年に始めてこの村を訪れた時は、すでにオゴンを除いて村人たちは断崖の住居に住む人は無く、村は断崖前の平地に作られていた。しかしその時はまだ断崖の中に残された住居遺蹟の中央にあたるところにアマナ(神殿)があり、祖先の蛇を象徴する鋸歯文が白い絵の具ではっきりと彩られ、そのすぐ上の岩には丸に十字のアマナの象徴が描かれてあった。
その時はよそ者の我々がアマナの近くに行くことさえも拒否されて、遠く離れた所から写真を写したものだが、イスラム化された今では絵の具も薄れ、アマナの扉は開け放たれて、内部はがらんどうの状態で往年の面影は無い。
かつてアマナには女性の守り神トーロと、村人たちを守る神アマギネダが祭られ、その周囲には幾つかの祖霊像も立てられてあったというのだが、いまではがらんどうになったアマナの中に残されているものは、オゴンとその補佐役のオゴンカナ、オゴンドウヌ、オゴンデイメの四人が犠牲を捧げて祈る間の食事用に使われた大きな鉢と、彼らのために特別に醸されたケニヤ(雑穀酒)を入れた特大のガラス瓶だけが転がっていた。
神像のない祭壇(アマナムギナ)はそのまま残されてあって、その前に置かれた平たい石(アマナアマ)は犠牲などを捧げるためのもので、まだ犠牲の血の跡が残っていた。
犠牲を捧げる時は、犠牲獣の頚動脈を切りその血を神像と祭壇に振り掛ける。
オゴンが住んだ家は住居遺蹟の右端にあって、オゴンはこの住まいで生活をし、決して平原に降りてはならなかったという、オゴンハウスの入り口の前に平たい大きな石があって、オゴンは毎朝その石に腰を下ろして、村人たちを眺め無事を祈ったということだ。
今ではオゴンハウスも外壁だけが残されているばかりで、壁の外側にオゴンの象徴である蛇をかたどったレリーフが、入り口の脇と東側の平原に向かった壁に消えやらず残っている他は何もない。
オゴンの石に腰を下ろして村を見下ろすと、楕円形に広がった村の向こうに、まばらに生えたタマリンドやアカシアなどの木々がサバンナ状に広がり、その間をバンカスに向かって一本の道が砂地の上に伸びている。
(了)