連載

vol.09 村を訪れた日本人たち (前編)

 2003年1月1日、この日の朝も何時もと同じように夜が明けた。

 まったくのところ新年を迎えたなどという、そんな感情などさらにない。「山中に暦日なし」ということか。
 
 何時もと同じように夜が明けて、子どもたちは何時ものように、仮住まいの前に集まって、七輪の炭火に当り、寒そうな姿をするばかり。

 今日が新年の始まりだなどと、誰も考えてもいなかった。
 
 わたしはというと、相変わらずのいでたちで、昨日からのシャツを着替えもせず、ドゴンの揚げパン(ファルミ)を摘んで村人達がいうテーリプトンを飲み、くつろいでいた。

 午前10時、そろそろ暑くなるころだが、2003年の元旦はまだそれほどの暑さではなかった。その時、一台の車の音がして、仮住まいの塀の向こうでとまる音が聞こえた。

 何処からかのツーリストだろうと、座っているとなんと日本語が聞こえてきた。子どもたちはジャポネだ、とばかりに飛び出して行った。やがて私から教えられた日本語で「よくいらっしゃいました」といっている。
テリ村を訪れる日本人はそれほど多くはない。昨年の12月から、この村を訪れた日本人は3人ばかりだった。滅多に日本人のトレッカーは訪れてはこない。

 日本語につられて塀から覗くと、それは道祖神のマリ・ツアーの一行であった。ジェンネ、モプチからトンブクトウを巡って、前日にサンガで泊まって、この朝、ジギボンボの断崖の道を下ってテリ村を訪れたということだった。

 コンダクターは平山さん。彼女とは数年前にドゴン旅行をした時、お世話になった人だ。グループは平山さんを入れて総勢6人、10日余りのアフリカ辺境の地を旅してきたというのに、元気なものだ。

 塀ごしに声をかけると、誰かが「あら、日本語を話す外人が居るわ」といった。ドゴンの三角帽を被り、急に話し掛けたものだから、驚いたようだ。まさかドゴンの村に日本人が暮らしているなどとは、知る由もなかったらしい。

 日本を発つ時、道祖神のツアーがテリ村を訪れると聞いてはいたものの、所謂、元日の朝に訪れてくるとは思いもしなかった。早速わたしの仮住まいの前にある栴檀の木の下にテーブルを据え、椅子を並べてゆっくりしてもらう事になった。仮住まいのコンパウンドでは、そこだけが日陰になる場所なのだ。
この日はわりに爽やかな日で、午前中は25℃にしかならなかった。

 午後になると流石に35℃にはなったものの、柔らかな風が吹いて過ごしやすい日であった。グループの人たちは荷物を置いて一休み、そしてわたしは皆さんを前日でき上がったばかりの学校の建物に案内し、見てもらうことになった。 

 石造りで2教室の小さな学校だが、断崖を背にして立つ姿には凛とした美しさがある。グループの皆さんからは学校の子どもたちに合力して頂いた、感謝して使わせていただきました。 

 断崖の遺蹟を見に行く前に昼食を共にしながらドゴンの話。やはり神話に興味があるようだ。以前にも書いたと思うのだが、断崖の下、ドンジュル村あたりから西にはシギの祭りはない。シギの祭りはサンガを中心に行われるものだという。

written by 大阪芸大名誉教授|森 淳

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