連載

Vol.16 腎臓移植が必要なカテンべ君のこと

 「カテンべの様子がおかしい」

 ミリティーニ村に帰った大西匡哉から電話がかかってきた。彼はこの村でタイコの修行をしながら、師匠である長老マテラさんの「息子」として暮らして2年になる。村の人々と一体になって生活しながら、生活上の細かな問題に気を配って、村人たちをよく助けている。彼はちょくちょくナイロビに出てきては、キベラスラムの仲間たちとともに音楽活動をしている。彼らの歌をレコーディングして、CDを制作しているのだ。そんな仕事にも一区切りついたので、ちょっと村に帰った矢先のことだった。


医療費はすべて自己負担で

 近所に住むカテンべが、ぐったりとして立ち上がることもできず、頭が痛いと泣いているのだという。食欲もなく、食べても吐いてしまう。意識ももうろうとしている様子で、ひどく衰弱している。カテンべは14歳の男の子だが、体がとても小さく、7歳の妹に大きさでは越されてしまった。生まれたころから体調が悪く、何度も病院に連れていったが、はっきりとした原因がわからない。両親は貧しい農民だ。近所の人々に頼みこんでお金をかき集め、カテンべを連れて病院を何度も往復してきた。小柄な母親が14歳のカテンべを背中にくくりつけて、マタトゥ(乗り合いバス)を乗り継いで町の病院まで行くのだ。それなのに、容態はいっこうに良くならない。そしてついに、立ち上がれないほどになってしまった。


 これでは、また田舎町の病院に連れていってもどうにもならないだろう。私たちは話し合い、とにかくナイロビに連れてきて良い医者に診てもらうことにした。歩けないカテンべを、匡哉が抱きかかえて飛行機に乗せ、ナイロビまで500キロの道のりを移動した。ナイロビで、知り合いに紹介してもらった医者のところへカテンべを連れていくと、即刻入院することになった。


 さまざまな検査の結果、カテンべの病状はとても深刻だということがわかった。14歳なのに、体重が24キロしかない。極度の貧血、発育不良、そして血圧は恐ろしく高かった。左側の腎臓は確認できず、もう一方の腎臓は肥大しているという。
「これはどうしようもない。彼の命を救うためには今すぐ人工透析を開始して、できるだけ早く腎臓移植手術を行なうしかない」


 医者の説明を聞き、私たちは青ざめた。透析には1回につき9000シリング(約1万5000円)の費用がかかり、それを週3回受けなければならない。腎臓移植にかかる費用は240万シリング(約400万円)。それから10日間ほどの入院で、あっという間に27万シリング(約45万円)が飛んでいった。貧しい農民である彼らには、保険がない。医療費はすべて自己負担なのだ。


あの苦労は何だったのか

 そもそも、カテンべの腎臓は生まれつき悪かったわけではないかもしれない、と医者は言った。腎臓と膀胱をつなぐ尿管が狭窄していたせいで、水腎症になり、腎不全を引き起こしたと見られる。これが乳幼児期に発見されていれば、尿管を開通させる簡単な手術で済んでいたはずだという。


 これまでの苦労は何だったのかとカテンべの両親は泣いた。モンバサの医者は、はじめは胃腸の障害だといい、次には腎臓に腫瘍ができているといい、切除するための手術をしなくてはならないと言った。そのたびに両親は金策に駆けずり回り、村ではハランベーを行なって村人たちがなけなしのお金を出し合った。ナイロビからやってきた権威ある医者が手術を行い、成功したと言った。ところがそれから体調はさらに悪化したのだ。


救済へ募金活動がはじまる


 現在カテンべは、ナイロビ腎臓センターで週3回の透析を受けながら腎臓移植手術を受けるチャンスを待っている。母親が自分の腎臓のひとつを提供することになり、家族が中心になって資金集めに奔走している。だけど今回は費用があまりにも莫大だ。

 日本の友人たちもその報を聞き、カテンべ救済基金を立ち上げて、募金運動をはじめた。ミュージシャン仲間はチャリティライブを開催し、自分が働く工場に募金箱を設置したり、チャリティTシャツやアクセサリーを作って販売したり、それぞれにアイデアを駆使してケニアのひとりの少年を救うための支援の輪を広げている。

 私が運営するキベラスラムのマゴソスクールでも、子供たちがカテンべを助けたいと動きはじめた。大西匡哉のプロデュースで、チャリティCDを作ることになり、スラムの若者ゴスペルグループと共にレコーディングをはじめている。

 今もカテンべは激しい胸の痛みや頭痛に苦しみ、呼吸困難や嘔吐に襲われながら、それでも、生きたい! というすさまじい気力を発している。カテンべのうしろに、何千、何万というアフリカの子供たちの姿が見えてくる。医療の遅れや貧困のせいで、どれほど多くの子供たちが苦しんできたことだろう。

 自分の体に苦しみを負ったカテンべは、病気に苦しむ人の気持ちが誰よりもよくわかる。カテンべのような人が医者になったらいいのに、と私があるとき言ったら、カテンべは目を輝かせてうなずいた。それからカテンべは、透析の合い間に勉強をするようになった。学校には行けないけれど、近所の若者が勉強を教えにきてくれている。いつの日か、カテンべが元気になって村の子供たちと走り回る姿を見たいと心から祈っている。

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画像:
上:透析を受けているカテンベ君
下:左がカテンベ(14歳)、右が妹のマリアム(3歳)

written by 早川 千晶

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