連載
「もっとケニアを知る旅」案内人独白!!
ケニア在住の早川千晶さんが見たケニアの姿
Vol.12 新しい命の誕生
ドゥルマ民族は、ケニアのミジケンダ・グループの9つの民族のひとつだ。彼らは、音楽を中心とした伝統文化を守り続けて生きてきた。ケニアの多くの民族が、植民地時代の圧迫や近代化の波にさらされてことごとく伝統文化を失ってきたにもかかわらず、なぜあなたたちはこんなにも豊かな文化を守り抜いてこられたのですか、と彼らに尋ねたことがある。ドゥルマ民族の長老、マテラさんは、そんな私の問いにこう答えた。
「我々には、不思議な力を持つ預言者がいたのだよ。神の声を聞き、夢を見て、我々にとって危険なことや、進むべき道を示してくれた。私たちはそれを信じて従ったのだ」
暮らしと音楽が一体化したドゥルマの人々
ドゥルマの人々にとって音楽とは、生活になくてはならないものだ。自然の恵みに感謝し、豊穣を喜びあい、祈り、死者の魂を慰め、情報を伝え、神の声を聞くために、音楽がある。病気の治療や生活上の問題を解決するためにタイコを叩いて歌い、神にお伺いをたてる。人間が暮らす現実世界と、それを超えたところにある目に見えない世界とは、彼らの暮らしの中で同時に存在している。彼らは、その2つの世界の境界線を超えるテクニックを発達させてきた。そこには必ず音楽がある。
「小さなチアキ」誕生の忘れられない一夜
マテラさんの家に遊びに行くと、たくさんの家族が迎え入れてくれる。センーニャという伝統音楽の巨匠だった彼の亡き父・ムゼーマサイの妻たちとその子供、マテラさんの妻たちと子供、兄弟やいとこ、その妻と子供たちなど、村全体がみんな彼の家族である。ママたちは陽気で優しく、本当によく働く。水汲み、薪集め、掃除、洗濯、料理、子育てと、仕事は多い。それらの家事を、ゆったりと難なくこなしている姿にはほれぼれする。年長のママは若いママたちの指導をし、年長の子供は小さな子供たちの世話をよくする。そんな家族内の連携はまことに見事だ。
マテラさんの村、ミリティーニに泊まっているとき、苦しげなうめき声で夜中に目が覚めた。私は起き上がって、その声の出所らしい一番奥の部屋をそっと覗いてみて、驚いた。 部屋の中にはママたちがたくさん集まり、最も若いママが、初めてのお産をするところだったのだ。廊下には、木炭に火をつけ、大鍋で湯を沸かしているママがいる。ゴザの上に座って泣いている妊婦の周りでは、年長のママたちがつきっきりで背中をさすり、お腹をなで、手を握って励ましの声をかけている。立ちすくんでいる私を見あげて、最年長のママが笑った。「心配ないよ。もうすぐ生まれるからね」
夜が明ける頃、元気のいい産声をあげて赤ん坊が誕生した。ママたちが取り上げ、産後の処理のすべてをやった。生まれたての赤ん坊は真っ赤な顔をくしゃくしゃにして泣きながら、ママたちの手から手へと渡されていった。まだ髪が濡れたままの赤ん坊を、私も抱かせてもらった。新しい命のあまりの美しさに見とれて、胸がきゅん鳴った。夜通しの世話でほとんど寝ていないはずなのに、ママたちはもう忙しく立ち働いて、チャイの準備を始めていた。
こんなに強くてたくましい女性に私もなりたい、と、彼らの村に滞在するたびにいつも思うものだが、何を手伝おうとしても足手まといになるだけの私なのだった。それでもママたちはいつも優しく迎え入れてくれる。チャイができたから飲みなさい、湯が沸いたから体を洗いなさい、ごはんを食べなさいと呼ばれる。このママたちのそばにいると、心の底からほっとするような気がしてくる。
この日にミリティーニ村で生まれた赤ん坊は2人いて、そのうちのひとりには私の名前が付けられたことをあとで知った。私は「大きなチアキ」で、彼女は「小さなチアキ」である。小さなチアキは今2か月になった。村に行くたびに、彼女に会うのを私は楽しみにしている。
過去から未来へ時を紡ぐ踊りの輪
誰かが結婚したり、亡くなったりしたときには、村の人々がみんな集まり、タイコを叩いて歌い、踊る。先祖の霊を慰めるための慰霊祭が行われるときには、奥地の村々からも続々と人が集まり、村の広場で夜通し踊る。大人も、子供も、老人も、背中に赤ん坊をおぶったママたちも、一体となって踊り、この世を去った大切な人のことを想う。汗を飛び散らせながら満面の笑顔で踊る母親の背中に揺られながら、赤ん坊はすやすやと眠る。若者たちはこんな踊りの輪の中で出会い、恋をして、そしてまた新しい命が誕生していく。
夜通し続くこの輪の中に身を置くと、彼らが生きてきたこれまでの道と、これから先に続いていく道が見えるような気がしてくる。あちらの世界にめんめんと続いているたくさんの魂も、きっとそれを見守っていることだろう。


画像:
上 スモールチアキと
下 村の子どもたち