連載
「もっとケニアを知る旅」案内人独白!!
ケニア在住の早川千晶さんが見たケニアの姿
Vol.07 マサイコミュニティが行うエコツアーに参加する(下)
マサイ社会の経済格差と矛盾の拡大
マサイ・マラ北部に住むマサイ青年エドワードは、このほど仲間たちと「ンコレイロの森教会」を設立した。地域のマサイ人400名が共同運営するコミュニティ・プロジェクトだ。会長のエドワードは30歳。小学校しか行ってないが家から数十km離れた町でNGOが開くセミナーなどに積極的に参加し、自然保護活動やコミュニティ活性化運動に興味を持つようになった。エドワードが住む集落はマサイ・マラのオロロロ・ゲートのすぐそばにある。牛糞を塗り固めた家が数軒、アカシアの木の枝で作った円形の垣根に囲まれたマサイの伝統集落だ。当然、彼の住まいの周りには、ゾウ、キリン、シマウマなどの野生動物が自由に闊歩するし、外国人観光客がひっきりなしにサファリ・カーで往来する。
観光客は、マサイ・マラのサファリに1人1泊30$の公園入場料を払っている。エドワードのような庶民は、そんな収入の恩恵を受けることはほとんどない。入場料収益は主に公園内の整備や密漁者対策に使われるが、公園管理の資金としても決して十分ではない。彼らは観光による直接的な利益が得られないうえに、自然環境の変化、病気の蔓延、土地不足で生活は年々困窮していた。草が豊富な公園内では、牛やヤギなどの放牧は許されず、条件的に不利な場所へと追いやられた。だが、ライオンに家畜を殺されたり、ゾウに家を踏み潰されたり、死傷者が出るなど、動物の被害はあとをたたない。マサイのコミュニティ内でも、有力者と末端の人々との間に格差が生まれ、力を持たないエドワードたちは何かと無視され続けてきた。
マサイ人によるエコツアーの実現
そこでエドワードは、同じ立場にある住民と結束し、自力で直接的な観光収入を生み出し、収益をコミュニティの生活向上に活用するシステムづくりを思い立った。観光が成立するのは、自然あればこそであり、同時進行で自然環境保全・野生動物保護の活動を行うと決意した。約400名が所有する土地をつなげて、コミュニティ保護区とし、その地域内でウォーキング・サファリやキャンピングをアレンジするのだ。彼らのエリアには、川、森、絶壁、サバンナなど、変化に富む自然豊かな土地がある。
ウォーキング・サファリのガイドには、集落の青年を抜擢した。キャンピングはカバが多数棲息する川沿いに、自然に同化した形のキャンプ場を作り、警備などのスタッフには地域集落の住民を当てた。彼らが知り尽くした自然の中に、観光客を案内し、薬草や動物についての知識を語る。ブッシュでヤギを解体し、焚き火で肉を焼き、「マサイ式バーベキュー」をごちそうする。夜はキャンプファイヤーを囲んで、長老から昔話を聞いたり、マサイの伝統文化についての講義を受ける。私自身もプログラムに参加したが、マサイが慣れ親しんできたこのすばらしい大自然はマサイの人々に案内してもらうのが一番だと実感した。
おばさんたちも頑張って学童支援
この活動から得る収益は、400名の会員全員に分配するほか、いくつかのコミュニティ・プロジェクトにも使われる。そのひとつが、地域の学童たちのための学校運営だ。このエリアに最も近い公立小学校は、大人の足でも片道2時間かかる。登下校中、野生動物に襲われることもある。そこで高卒の青年が先生になり小さな寺子屋を作った。はじめは建物もなく木の下に黒板だけ置き、青空教室ではじまった。だが、1年前には小さい校舎が建設された。
子どもたちが小学校を卒業して、中等学校に進学するには、多大な学費がかかるので、現金収入の道を模索しなくてはならない。伝統的生活を守ってきたマサイ人は、他民族に比べて西洋教育を受ける機会が遅れ、職の機会を求めて街に出たとしても、大きなハンディを背負っている。
社会変化の波に対抗していくため、すべての子どもが教育という武器を身につける必要性を感じているマサイ人は多い。そこで、子どもたちの教育費を捻出するために、母親たちが立ち上がった。20名の女性グループを作り、共同で養蜂を行う。町でセミナーを受け、効率の良い「新型養蜂箱」の扱い方を学んだ。数ヶ月に一度収穫するハチミツは近くのサファリ・ロッジに買い取ってもらい、その収穫で子供達を学校へ行かせ、家畜の薬を購入している。
さらにエドワードは、パトロール部隊を結成し、密猟者が仕掛けた罠を撤収して回り、その結果を定期的に世界野生動物基金(WWF)に報告している。野生動物から被害を受けた人が出たら、その被害状況を確認して、報告する。現在、このような被害者を補償するシステムづくりを、WWFやマサイ・マラの公園管理局、ケニア野生動物公社などの交渉中だ。
エドワードのような若い世代が、今後の野生動物やマサイ人の運命を担っている。東アフリカは、世界に類を見ない壮大なるエコシステムを育んできた地球の貴重な財産である。今私たちが楽しませてもらえる大自然は、このままでは数十年後、いや数年後には崩れ去ってしまうかもしれないという危機にマサイ・マラも直面している。ケニアに旅する機会があれば、野生動物を楽しむだけでなく、もっと深く学ぶチャンスを得て欲しい。そんな旅は、娯楽だけの旅よりも、ずっと素晴らしい体験をもたらしてくれる。