連載
「もっとケニアを知る旅」案内人独白!!
ケニア在住の早川千晶さんが見たケニアの姿
vol.02 キベラ・スラムで生きる人々
「スラム訪問前には学ぶべきことがある」
スタディツアー「アフリカ雑学入門」では、キベラ・スラムを訪問する一日がある。キベラは人口約80万人といわれている巨大なスラムだ。住民の多くは、地方での生活が困難になり、都会に賃金労働の機会を求めて出稼ぎにやってきた人々とその家族である。
「スラムを訪問する」というと、「貧困」がどのようなものかを見に行くのだと誤解されがちだが、私がキベラ・スラムに日本からのスタディツアーの参加者を案内する目的はそうではない。
スラムでの生活の条件は大変厳しいものだが、その中には困難な条件の中で生き抜いていくことを可能にする様々な助け合いの輪や、工夫、努力、日々精一杯生きる人々の姿がある。一人ひとりの人間の「生きる力」というものが、巨大な社会の枠組みの中で見失われていってしまいそうな日本人にとって、多くの気付きや学びを与えてくれる体験になるはずだ。
人々の生活圏にお邪魔させてもらうのだから、キベラならではのルールやシステムをよく理解し、注意事項を守ってもらわなければ、土足で踏み込むような失礼な振る舞いになってしまう。
なので、訪問前には必ずレクチャーの時間を持ち、キベラ発祥の背景や地域社会のあり方などについて学んでもらうようにしている。
「リリアンについて歩くキベラの路地」
キベラ訪問は、私の友人、キベラ住民のリリアンが案内をしてくれる。
彼女は、両親を立て続けに失ってから9人の弟妹と11人の異母弟妹を育て上げてきたたくましき女性である。さらに自分の子供が2人、引き取った孤児が1人いる。
リリアンのこれまでの人生を聞くと、これでもか、これでもかという苦難の連続なのだが、彼女は決してへこたれず、いつも全身からエネルギーを発して、快活に笑い、大地にどっしりと足をつけて世知辛い世の中を生き抜いている。
彼女のあとについて歩くキベラの路地は、生活の活気に満ちている。路上で忙しく働く人、大工、仕立て屋、カギ切り職人、肉屋、野菜売り、床屋、薬草売り、古着売り、溶接工……。コミュニティの中に無数に存在する「助け合い」プロジェクトの現場も訪問する。羊毛や綿花を紡ぎ、茶ガラや木の根などで染め、セーターやショールなどを織る女性グループ。小規模商売をはじめるための資金を協力体制で調達する相互扶助組合の会合。地域住民で力を合わせて運営している寺子屋。道行く人と握手をしたり、あいさつ代わりの世間話を交わしたりしながらリリアンと一緒に歩くと、人々のいきいきとした生活の様子がインパクトを持って迫ってくることだろう。
リリアン自身は、中古のボタンやファスナー、布地などを売る小商店を経営するほか、自分も婦人子供服やテーブル・クロスなどを作る仕立て屋であり、貧困家庭の女性たちを対象に洋裁教室も開いている。
さらに、孤児のための幼稚園と小学校を設立、近所の人々やケニア人大学生ボランティアたちの助けを受けながら、無料の寺子屋と求職活動を行っている。この「マゴソスクール」を訪問すると、子供たちの元気な声に迎えられる。歌や踊り、詩の朗読などを子供たちが張り切って披露してくれるので、ここは日本からの訪問者もぜひとも一芸披露して、楽しい交流をはかりたいものだ。
「全財産を投じて病院を開いたフリーダさん」
マゴソスクール訪問のあとには、私がとても尊敬する女性、フリーダさんを訪ねる。彼女はキベラのマシモニ地区で診療所と産院を運営する助産婦だ。妊産婦だけではなく、子供から老人まで、ありとあらゆる病人やけが人が彼女のもとを訪れる。
彼女はエルゴン山ふもとの貧農の出身だが、苦学をして看護婦と助産婦の資格を取った。その後、良き伴侶に恵まれ、ささやかながらも幸せな暮らしを送っていたが、あるときキベラ・スラムに出会い、ここで満足な医療も受けられずにいる人々のために全財産を投じて診療所と産院を開設した。
現在、彼女は60歳に手が届きそうな年齢だが、キベラの診療所に住み込み、24時間態勢で患者の対応にあたっている。
スラムの女性の多くは、設備の整った病院で出産をするためのお金もなく、粗末な長屋の一室で、自力で赤ん坊を産み落とす。長屋の壁は薄く、隣近所の声は筒抜けだし、トタン屋根に太陽が照りつけ、満足に窓もない部屋は蒸し暑く、床も土が剥き出しだ。
人口密度が異常に高いのに、上下水道、便所、ゴミの回収などが満足にないスラムの暮らしは、病気の危険がすぐそばにあり、貧しい人々の暮らしをさらに痛めつける。
フリーダさんは、そんなスラムの医療状況を少しでも改善するために、全力を注いでいるのだが、自分が彼らに与えているよりも、自分自身が与えられている喜びのほうが大きいのだと言う。
「アフリカ雑学入門」でキベラ・スラムの人々に出会うことで、何を得て、何を感じるかは、その人次第だろう。帰国してからあとに、自分自身が生きる社会の中で、今までとは違った何かが見えてくるかもしれない。そんなとき、スラムという困難な場で生きる彼らの奮闘ぶりを思い出し、自分自身もより良き社会を構築していくためのひとつの力となっていくことができたら幸いである。きっと私たちのすべてが、そんなひとりになれるはずだと信じている。