連載

vol.12 軟禁か?

生来の臆病者が、少しでも胆力を鍛えようと一人旅に出た。自分を追い込み、土壇場でどんな行動が執れ、知恵を働かせ、ピンチを切り抜ける事が出来るのか? を目標にした。臆病モノは、危険を事前に避けてしまい、事が起きては、年をとっても未だにパニックになる。まだまだ自分の旅は、途上段階だ。

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怖る・恐るスターターを廻す。キャブ、プラグそして圧縮も正常、理論的には、回る筈だと自信を持ってはいたが、初めて組み上げたエンジン、しかも幾つかのネジも余って?しまった。 ・・・セル一発!という訳にはいかなかったが、約1ヶ月ぶりになつかしい音を出してくれた。更にゆっくりとスロットルを押す、・・順調にエンジンは、ふけていく。互いに顔を見合わせ、《やった!・にやっ)と声にならない笑いが、各人・各様のほっとした気持ちとともに弾けていった。

ミンドゥリ村にも、中心広場はある。幾つかの雑貨屋もある。ただ購買力が少ないのか、この村での定期市はない。車輌班を除くスタッフは、毎朝・毎日、その中心と思われる辺りを散歩し、冷やかし、何か新しい食材を売ってないか探し回り、いつもの萎びた玉ねぎ、小さいトマトやオクラ、バナナを入手してくる。殆ど同じものを食べ・飲み一日が終わっていくが、飽きはしなかった。心の余裕も、無かったのだろう。

午後になると、我々のキャンプへ入れ替わり立ち代り、子供たちが遊びに来てくれた。が、旅行者慣れしてないのか、あくまでよそ者といったあしらいで、バンギ(中央アフリカ)の子供たちのようなベッタリ感は、希薄だったのが印象に残っている。

神父に何度と無く、礼を言う・頭を下げる。安息出来る場所を提供してくれ、ただ・ただ黙って見ていてくれた。再びこの地を訪れる機会があるのかな・・と思いつつも西に向かった。

内戦の続くアンゴラには、統治する政府は無いに等しい。とは言っても、ヴィザは必要!

乗船前のバンギのスーパー・マーケットでアンゴラのヴィザは、売られて?いた。このお墨付きを懐にコンゴのドリシー町から、アンゴラ国境へ向かう。スーパー発行のヴィザを軽く見ただけで、拍子抜けする位簡単に、いつの間にかアンゴラ領内に入っていた。入国カードも書かないと言うことは、我々がここを通過した記録も残らないなーと一抹の不安がよぎる。

何より旅行者が少ないなー・とこれも不思議・・?

かってのポルトガル統治時代のアンゴラの財力を見せ付けるように、熱帯雨林の間を程度の良い舗装路が港町のカビンダに延びている。しばらく振りの快適なドライブ、本当に内戦中なのかな・? 考えていたより簡単に南に行けそうだなと甘い期待も、持ち始めた時、軽機銃を装備した3台のランド・ローバーが、我々を追ってきた。先頭の私の車を追い抜いた途端に急停車し、AK砲を抱えた兵が車輌からばらばら飛び降り、我々3台を取り囲んだ。子供のような兵が、バズーカ砲まで抱えている。眼つきは、真剣だ。冗談も通じ無さそうだ。

リーダーらしき男が命令してきた。車の向きを変え、付いて来いと身振りで話す。武器を持った兵が、一人づつ車に乗り込んできた。彼らが何者かも解らない。前後を挟まれた状態で、トロトロと走る。車内は、無言・・・。いろいろな思いが、頭を過ぎる。

舗装された幹線を外れ、雨林の奥へ・奥へと入っていく。ボロとはいえ、我々は3台の車があり、燃料も大量に積んでいる。彼らの欲しそうなモノも、いっぱい持っている。最悪は、車ごと抹消されても何の証拠も残らないなと考えている内、ゲリラの訓練基地らしき所へ着く。そうして大きな部屋に軟禁状態となった。彼らからの説明は、何も無い。

それでも腹は減るので、昼・夕を兼ねた非常食を食らう。各自があらゆる想像をする。楽観論・悲観論が行っては、戻る。人間、やはり、自分に都合の良いようには、解釈したい。見張りの兵に何度と無く尋ねるが、何故ここに! どうして! この先は? の答えは、出なかった。一人だけなら眠れぬ夜となったかもしれぬが、大勢の強み、いつの間にか眠っていた。早朝、屋外を歩行訓練する兵たちの掛け声で目を覚ます。朝日が昇る頃、訓練広場では、団旗掲揚のような朝の儀式が行われていた。

この基地の責任者であろう隊長らしき人物が、入ってきた。ポルトガル人との混血のような端正な軍人だった。英語はうまくは無いが・・と、話す彼の次の言葉を待った。

written by 道祖神|熊澤 房弘

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