連載
ドゥドゥニスト宣言
アフリカを愛したある旅人の歴史
vol.08 冒険
中古車販売を、「ダーティ・ビジネスだ」と広告を見て訪ねたロンドン郊外のある業者は、自嘲気味に話してくれたのが印象に残っている。
何が《ダーティ》かは解らぬが、ボロ車を上等に仕上げて化かす!
きっと狐か狸のような存在なんだろうと勝手に解釈した。
化かされぬように頑張っても、時間と予算の制約のなかでは、多寡がしれていた。ほぼ即断・即決、置かれた状況のなかで、ベストなモノを選んでいくしかない。
理想とした車輌編成には遠く、ランドローバー(4輪駆動)2台とフォルクスワーゲン・コンビ(2輪駆動)1台の編成になってしまった。
違う車種を揃えることは、予備パーツやタイヤサイズなど二重の在庫を持たねばならず、極力避けたかったが時間に負けてしまった。
私がこのVWを受け持ち、1号車として先導することになったが、結果的にこのVWに足を引っ張られることになる。
Iカメラマン一行9名が、マドリッド空港に元気な顔を見せてくれた。
この地が、今回のアフリカ縦横断旅行『アフリカ-100』の出発地となる。
準備を受け持った先発のロンドン組は、何とか間に合わせたというのが実情に近い。ギリギリの時間のなかで、我々が目論んだ車輌の整備順や改造の仕様に関して、英国流の仕事振りには泣かされた。
どんなに受けた仕事の予定が遅れようが、時間外の仕事もせず、土曜・日曜は、がっちりと休む・・・。
何とか旅行できる体制(車輌の書類手続きやキャンプ装備上で)だけを作り上げ、残りは、旅をしながら整えようというドロナワの旅立ちでもあった。
この種の旅行を、他人は、冒険旅行と呼ぶ。
訪問地域やルート、旅行内容を見て、そう考えるのは、当然かもしれない。参加者自身もそのような覚悟と意気込みと、少しの惧れと誇りと自慢、そして大きな夢が、入り混じった気持ちで来られるかもしれない。
逆に運行する者たちにとって冒険の意識は、皆無に等しい。
淡々と毎日の安全を積み重ねてゆく日常になる。メンバーのコンディション、全体の装備を点検し、車輌の状態をチェックし、予定走行ルートの情報入手に勤しむ毎日となる。
旅行自体そのものに、冒険は無い!
本当の《冒険》は、参加者個人の内面にある。
この旅行に参加しようと決意した時こそが、最大の冒険ではなかったのか?と思う。当時の日本の社会環境のなかで、100日以上の旅行に参加するということは、殆んどの参加者にとって敷かれていた人生行路のハンドルを切ったことになる。
自分自身が運転する道でもあり、各人が主役のはず。その舞台にアフリカ大陸やサハラを選び、紹介するのが自分の努め。
凡庸な気持ちや覚悟では、この地に参加していないと思い込んでいた。個人差はあるにしても、アフリカに学び・何がしかのプラスを有形・無形で得るはずだと勝手に期待していた・・・。
スペイン、モロッコ、アルジェリア北部と寒さはとれないにしても、比較的旅行環境も良く、順調な走りが続いた。
和気藹々の空気が少しずつ変化してきたのは、アトラス越え辺りの頃からか・・。アトラス越えの初日は、砂漠の雨と風に当り、テントも張れず、寒さに震える夜になった。
アルジェリア・サハラを南下するにつれ、風の洗礼も強くなっていった。
旅の環境も徐々にハードになってきた。逆に言えば、面白くなってきたと言えるのだが。
もとより私自身、この旅が順風満帆で終えることは無いと覚悟はしていた。
育った環境も、性格も、考え方も違うおおぜいの大人が、長期間寝食をともにするわけだ。しかも身体的にも精神的にも逃げ場の無いキャンプ暮らしだ。うまくいくわけが無い?!
ある種の、人間ドラマさえ期待していた別の自分もいた。
出発前にアフリカ縦横断の先達Yさんが、忠告してくれた。
【自分たちは、仕事としてギャラまで貰って組織された。その隊でさえ、仲間割れで空中分解した。ましてや・・・?】
だが、何と言われようと自分は、参加者の「冒険してきた心」に期待を抱いていた。