連載
ドゥドゥニスト宣言
アフリカを愛したある旅人の歴史
vol.04 南へ ~マラウィの役人~
慌しく大陸に入り、3ヶ月ばかりで駆け抜けようとしていた。
東のナイロビを目指して走っている。
見えない《何か?》に押され・プレッシャーを感じ、常に前に・前に・走らされる自覚の無い旅でもあった。
知識に乏しく、資料も持たず、事前の勉強不足も甚だしい旅のなかで残ったモノは、【体験・経験】のみという誰でもが手にするアフリカだった。それでも【やりとり・触れあい】のなかで身体に刻まれた知覚は、自分には身に余るものばかりであった。
一人で旅こそしているが、知らず知らず多くの人達に迷惑をかけ、お世話にもなっている。
特に車が、砂や泥濘、深い轍等に嵌まり、立ち往生してしまうこともしばしばだった。一人では何もできず、他人の助け?を待つのみという情け無い旅人がそこにいた。
地元の人達の親切を受けるなかで、地域により型の違いがあることにも気づかされた。
先に謝礼が幾らか?を決めた上でヘルプしてくれる人達も居れば、行動が先で、後から謝礼の額を交渉してくる村もあった。何れもどこかのように下心がありそうな無償の親切と違い、はっきりと報酬を要求してくる好意の形が新鮮であり、清清しかった。
イツーリの森(旧ザイール)を抜け、さらに東に向かうと、景観も植生も変わってくる。
気候までもが、身体にやさしく味方になって来る。サバンナが近くなったようだ。
東部から来る多くの旅人から、東アフリカとりわけケニアの素晴らしさを聞かされていた。無い無い尽くしの西や、中部アフリカ滞在者からみると、ナイロビの大都会ぶりが、徐々に憧れにもなり目標にもなっていった。そういう自分も、アフリカ旅の第一部の中継点かつ心身の補給地として楽しみにしていた。
当時ウガンダは、陸路の旅行者に対し、ザイール側やルワンダ側の西側国境を閉鎖していた。
憧れのケニアへは、ウガンダとの国境地帯を南下し、ルワンダからタンザニアに入り、ヴィクトリア湖沿いに北上し、ケニアのキスム方面へ抜けるのがメイン・ルートであった。タンザニアからケニアに入国した途端、舗装された道路になってしまった。
路の左側に置かれたマイル・ストーンのNBIの数字が、10kmづつ減っていく‥。
久し振りに飛ばせる道路だが、勿体無いので、噛み締めるようにゆっくりと近づく‥。
ナイロビに着いたら…あれもしたい! これもしたい! ○○を食べたい!…を一通り終えると、旅の虫が疼きだす。
タンザニアで発症したマラリアも、キニーネの大量投与法の自己治療で治まってきた。
元気が回復すると西アフリカの混沌ぶりが、懐かしくなってきた。
すぐ解る嘘を、あっけらかんと言う人達とも会いたくなってくる(もちろんケニアでも、こんな人種と何人となく遭遇もしたが、東アフリカは言い訳付きの嘘が多かった気がする)。
あんな出会いを求めてそろそろ腰を上げる頃かな?
アフリカ旅の第2部は、南下してケープタウンからブラジルへ渡る予定でいた。問題は南アフリカのヴィザである。
ブラック・アフリカ諸国のなかで国交のあるマラウイを目指すことにした。
無我夢中で突き進んだ第1部に比べると、地図も持ち、それなりに下調べし、少しの余裕を持ち、いわゆる観光の真似事をしながら南へと車を転がしていった。
マラウイへの閑散とした国境で、いつもの如く国境役人との小競り合いになった。
役人「国の規則で長髪の旅行者は、入れることはできない!」
自分「俺は、貴国の入国査証を持っている。このように許可されている」とナイロビで取得したマラウイ査証のページを見せる。
役人「規則ですから」
自分「この程度が長いのか?」
役人「我々の基準では、充分長い」
自分「日本人は、直毛だから長く見えるが貴方の毛と長さは変わらない筈だ」
役人「ルールです」
自分「なぜ、長髪がダメなのか?」
役人「国の規則である」
自分「そんな規則を誰が定めたのか?」
役人「大統領である。」
自分「お名前は?」
役人「バンダ閣下である」と言う遣り取り数分。
政治に無関心な自分でもバンダと言う名前は、しっかりと刻まれた。
通常、こういった場所でのアフリカ人役人との交渉では、押したり・引いたり・脅したり・褒めたり・なだめたりと問題の焦点と争点をぼかす工夫と努力が必要になる。
女性は、ここで涙を浮かべると強力な武器になるが、男の場合は、相手の興味がありそうな話題にどうやって乗せられるかが、勝負になる。