連載

vol.03 思い出の味

アフリカも中央部を過ぎると、空気が重くなって来る。雲の厚みも増してくる。風になびく草も、頼りげない薄葉緑から、肉厚のふてぶてしい緑の世界になって来る。

サハラ入りが遅れたため、ザイール(現コンゴ民主共和国)に入る頃には、常に遠く・行く手前方に、雷雲と稲妻を見やる走行になった。

雨季が近いようだ。

地図上に赤で描かれた幹線は、行き交うトラックや4駆で轍が深すぎ、掘れた穴は大きく荒れ放題なので、地図上の黄色(小枝)の道を選んで走るようにした。
とは言っても熱帯林の中なので、選択の幅は少ない。

草が生い茂り路面を覆ってしまい、轍(わだち)も無い田舎の畦道状態を、深い穴に嵌(は)まらないよう、ゆっくりと走る。それでも一日中、1台の車に抜かれることも、遭うことも無い日々もあった。

高い木々で覆われ、日中、陽も射しこまない世界は初めての経験でもあり、サハラで感じたプレッシャーとは違う種の、重い、重い不気味さを感じた。
陽射しの無い世界は、見通しも? 不十分で不安になることも度々。
行く方角も定かでなく、確認する人間とも出会えない。本当に地図上の次の地点に到達できるのかな?と。

*  *  *

そんな熱帯林の中にも脇道が現われ、人間の香りを感じ、集落に出会うとほっとする。
目的地の確認も兼ね、お邪魔する。すぐさま老若男女や子供達が押し寄せ人だかりの輪の中心になる。
時間から考えても今夜は、ここで泊まることになりそうだ。

お婆さん一人の、庭先が多少広い農家のスペースを借りることにした。暗くなり、ようやく見物人の子供達も自分の寝ぐらへ帰り始め、やっと自分自身のくつろぎタイムになる。

野外の炊き場で火を通した煮込み状のものを、お婆さんが持ってきてくれた。端が欠けた古いホーロー鍋の中身は、黒っぽいばかりでよく解らない(見えない)。
片手に持ったマニョックに付けて食べろ!といった仕草。オレも人間、相手も人間、同じ人間の食べるモノに食べれない物は、無い!という信条で旅をしてきた。

美味い・不味い、好みの味・嫌いな味などの違いはあるにしても、出されたモノは何でも食べる!何でも飲む!を旅人の義務と課していた。
その信条とは裏腹に、最初の曲がりかけたスプーンの一掬いは、そっと出た。
しかも端っこを掠めるように・・・。
薄暗い所為もあったが、こんな熱帯林?の中で何を食べさせられるのか? の恐々(コワゴワ)感が先にきたようだ。

口の端で一舐めし、食える味だな、中味はナンだろう・・と勝手に独り言。(今になって思えば、傲慢な旅人であった。) そして二掬いめに・・。

お婆さんは、知らん顔しながらも旅人をじっと見ていた。私の恐れ感が消え、態度が変わってきたのだろう。
抜け歯の多い顔で、初めて笑ってくれた。

その食べ物は、この地方で《サカサカ》と呼ばれていた。マニョック(キャッサバ)の葉を煮込んだものであり、肉入りや魚入りなど色々な種類や味付けがあることが、後になって解ってきた。
が、私にとって村でご馳走になったシンプル・質素なサカサカが、思い出の味になった。

*  *  *

翌朝は早くから火を起こし、お婆さんは湯を沸かしてくれた。既に庭の前は、見物人?で一杯だった。
旅の途中で何の礼もできないが、気持ちで精一杯、頭を下げた。お婆さんは、物欲しげな顔も見せず、見返りも要求せず、ただ手を振って送り出してくれた。

こんな一期一会を、旅行く村々で繰り返すたびに、自己嫌悪に陥っていった。二度と会うことも無いかもしれない、お世話になった無名の人々に、二度と訪問する事もない村々に、いつか自分は、役に立てるのか? 

自分のできることは何だろうか・・・。

二度とアフリカに来たくないと感じさせられる人々も居れば、淡々とアフリカ流一宿一飯を黙って奉仕してくれる人々も居る・・・。

どちらの人々も後に起業する一因になっていった。

written by 道祖神|熊澤 房弘

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