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アフリカを駆け抜ける!vol.03 賀曽利隆さんに聞く

◆もっと回りたいという気持ちが勝っていた


―かつてのアフリカの旅のよさはどのあたりにありますか?

賀)そうですね、僕がアフリカに行き始めた60年代後半から70年代は、ちょうどよい時期だったかもしれませんね。
最後にナイロビに行ったのは80年代半ばだと思いますが、その間一度もナイロビで危険を感じたことはありません。

いまでは考えられないということですが。あるときは、ナショナルパークの中にあるナイロビ空港から街まで十数キロ、歩いて行ったこともありましたし(笑)。

ウガンダからザイールへヒッチハイクで行ったときも、ルウェンゾリ国立公園の中で、あんまり車が来ないから、「じゃあ、歩こう」と、ベニという街まで60数キロ。

途中で公園監視員の小屋があって泊めてもらったんですが、監視員がみんな「おまえ、ライオンに食われるぞ」って、驚いてね(笑)。
よく考えると危ないんですが、それより「もっとたくさん回ってやれ」っていう気持ちが勝っていました。


―人からは「強運の賀曽利さん」と呼ばれているともお聞きしましたが(笑)。

賀)最初のアフリカ縦断旅行で、エジプトに入ったのは1969年の3月でした。
第3次中東戦争の直後ですね。国中がまだ臨戦態勢という感じで、家々の窓ガラスや車のライトにはすべて光が漏れないように青い塗料が塗ってありました。

ファイユームの遺跡に行く途中だったんですが、道に迷って村人に道を聞いたんですね。
そしたら、とたんに「イズラエル!」の怒号が飛んできて、村中から男たちが集まってくる。石を投げられるわ、殴りかかってくるわ、クビをしめられるわで大変でした。

ドイツ人が村人に襲われ、砂漠に捨てられたという話を聞いて、警戒はしていたんですが、あのときは本当にだめだ、と思いましたね。

町の中をひきずりまわされて、留置場に放り込まれて、外では村人が「イズラエール! イズラエール!」って拳をかかげて、大合唱ですよ。


―ものすごい体験ですね。エジプトがトラウマになってしまいそうですが……。

賀)ところが、その後、軍に救出されたんです。
近くの基地へ連れて行かれ、トップクラスの人に会ったんですが、こう言うんですよ。
「日本も太平洋戦争中は外国人が行ったら同じように袋叩きに遭っていただろう」、そして「だから許してほしい」と(笑)。

本当にその人は日本のことをよく勉強していて、感動してしまいました。

日清・日露戦争から太平洋戦争まで、日本がどの戦いでどういった作戦をとったか、陸軍大学で勉強したそうなんですよ。えらく話がはずんじゃってね(笑)。


―アパルトヘイト時代の南アフリカにも何度も行っているそうですね。

賀)当時の白人の黒人に対する扱いは本当にひどかった。南アフリカもそうですが、ローデシア(現ジンバブウェ)も同じようなもの。

あるとき、ソールズベリー(現ハラレ)でイギリス系の現地の人に車に乗せてもらっていたんですが、アフリカの人たちが重い荷物を背負って歩いているところに、百数十キロのスピードで、「ファーーン」と鳴らしながら、わざと車を寄せてくんです。

みんな驚いて、荷物を放り投げて道端へ飛び込む。その姿を見て笑っているんです。
彼らのことを全然、同じ人間だと思っていない。今でも忘れられない光景です。


◆ガツンとくるような衝撃に出合える旅


―賀曽利さんをそこまで旅に駆り立てるものは何だと思いますか?

賀)もともとフラフラするのが好きで、子どものころはヘディンなどを読んで、将来は中央アジアの探検家になるんだと思っていました(笑)。

でも、アフリカは自分にとっては特別なところですね。今も引き続き、世界中を旅行していますが、すべてアフリカへ行きたいという想いから始まったことなんです。

最初の3回の旅行で、アフリカをほぼ回りつくして、それじゃあ、次は世界かなと思って、出ていったわけですね。


―アフリカに行ってみたい、あるいはまた行こうと考えている方に、メッセージを……。

賀)アフリカはおもしろいぞ!!
これがすべてですね(笑)。行って絶対損はないです。

日本に近い世界じゃないですからね。あらゆるものが新鮮です。ガツンとくるような衝撃に出合えるはずです。


―最後に、「アフリカにこれだけは持くべき」という三種の神器があれば、教えてください。

賀) ミシュランの地図953番、954番、955番(この3枚の地図でアフリカ全土をカバーする)。以上3点。
シュラフも何もいらない。
これだけでいい!


―ありがとうございました(笑)

(了)

(No.100 より転載)

written by 編集部

賀曽利 隆 プロフィール

1947年東京生まれ。
アフリカ大陸一周を皮切りに、アジア、オーストラリア、ヨーロッパ、南北アメリカと世界6大陸を駆け巡る。
日本人としては初めてサハラ砂漠をバイクで縦断。

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