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アフリカ・リミックスvol.02 「これは『アフリカ』ではない」

▽ 西洋のまなざしをはね返す鏡。
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資本主義を発達させ、その利益をかなりの程度、独占している西洋社会の醜さを映し出す鏡としてベスターらはリサイクル素材を活用していた。

だが、比喩としての「鏡」ではなく、文字通り鏡、あるいは鏡的な作品も今展では多く見出すことができるイギリスのヴィクトリア時代のインテリアにそっくりな空間をアフリカの布で作り出すインカ・ショニバレMBE。
彼の作品「ヴィクトリア朝、博愛主義者の談話室」の真ん中に据えられた大きな鏡は、私たちに「アフリカらしさを見つけよう、押しつけようとしているあなたたちは、いったい何者なのか」と問いかけているように見える。

そう言えば、サミュエル・フォッソの写真「入植者たちにアフリカを売った酋長」の中にも大きな手鏡が映り込んでいた。

フェルナンド・アルヴィンの作品「『異国情緒時代』の後」やアンドリス・ボタの作品「歴史はその進行的な盲目性のなかに『過失』という側面を持つ」にも、やはり鏡が使われている。

パトリス・フェリックス・チカヤの作品「周期の終わり」にも大、中、小の3枚の鏡が。

鑑賞者は否が応でも鏡(=自身の姿)と向き合わされるようになっているのだ。

鏡をまったく使っていないマルレーネ・デュマスの作品「目隠し」にも「鏡」を感じてしまう。布で目隠しをされたり、頭巾がかぶせられたりしている20人の男の姿を墨で描いた作品なのだが、鑑賞しているうちに、自らも目隠しされているように感じてしまう。
すると、絵の中の人々がまるで自らの姿を映し出しているように思えてくる。つまり、ここでは作品が「心理的な鏡」として機能しているようだ。


▽ 高らかに自分たちの歌を歌う。

作品を見ていて気づいた。造形の材料と手段を最小限に切り詰めた「ミニマリズム」、あるいは非具象(ノン=フィギュラティフ)や幾何学的抽象などの作品が見あたらないのだ。

さらに言えば、コンピューターなどを来場者が操作すると、作品がそれに反応して変容していくインタラクティブな作品、マルチメディアを駆使した作品もビリ・ビジョカの「終わらない記述」を除くとほとんど見あたらない。
なぜだろう?

アフリカの現代美術に詳しい国立民族学博物館の川口幸也助教授がたとえ話を使って説明してくれた。
彼は世界をマイクが2、3本しかない一軒のカラオケバーに見立てる。
「19世紀以降、このバーでは欧米の白人がマイクを独り占めにし、アフリカの歌も含めて好きな歌を歌ってきた。でもそうやって歌われる歌はアフリカの人間からすれば、どこかおかしく聞こえる。自分たちが歌っている歌とは似て非なるものだった。
これに対して、アフリカの人間は『俺たちの歌は俺たちに歌わせろ、マイクをよこせ』と今、言っている」

「そして今、アフリカの人間は高らかに自分たちの歌を歌っている。直接的に感情や自らの思いを作品にぶつけようとした時にミニマリズムや非具象という方法はとりにくいのかもしれないですね」

アフリカ美術では、むしろエスニックな作品の中に幾何学的抽象のような表現が見受けられる。
これらの作品は、動植物や自然環境と深いつながりを持つ。ただ、その表現方法は、人間を含めた外界を単純に模写するのではなく、いったんそれらのイメージの奥底にまで沈潜した上で、そこから浮かび上がってきた象徴的な価値を表現している。

だからアフリカのプリミティブな作品は「野性的かつ本能的」といった俗流の考えとは無縁の極めて知的な表現行為なのだ。

西美術風の「抽象」との違いは簡単にまとめられない難問と言えよう。


▽ 『アフリカ』ではなく作品のクオリティを。
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今展に出品した84人のうち、30〜40歳代の作家が6割以上を占める。
それ以上の年代の作家でも、「みずみずしい」という表現が決して大げさではないくらい、その作品はフレッシュだ。
最古の人類と文明を生み出したアフリカ大陸の枯れることのない生命力にはただただ驚かされる。

展示の企画に当たったシモン・ンジャミがアフリカの特徴を定義づけしようとしてこんなことを言っていたのを思い出した。
「アフリカらしさとは私にも分かりません。しかし、アフリカは恵まれた大地です。他の国の人々を奴隷化しようとした人はいません。他の人々に先入観を持ちません。いつもオープン・マインドです。アートに関しても理論にとらわれません。抽象的な概念にもとらわれません。他者との間に壁を作りません」。

確かにンジャミの言う通りかもしれない。定義することはできなくとも、アフリカの人々の持つ若さや明るさは作品から理屈抜きに伝わってくる。

それは、私たちが先入観として持っている「アフリカらしさ」とも似ているようで微妙に異なる。そう、外部からアフリカを定義付けようとする者に対して、作家たちは「これ(=「アフリカ・リミックス」展)は『アフリカ』ではない」「『アフリカ』ではなく作品のクオリティーの高さを見てくれ」と突きつけているのだ。
アフリカも日本もヨーロッパもアメリカも想像力さえ働かせれば展示作品から読み取れる。

だから、これは、いわゆる「アフリカ」ではない。
これはしっかりした普遍性を持ったアートそのものなのである。(了)

(No.105 より転載)

written by 市原 尚士

アフリカ・リミックス
〔期間〕 2006年5月27日[土]―2006年8月31日[木]
〔会場〕 森美術館 六本木ヒルズ森タワー53階
〔開館〕 10:00-22:00|火10:00-17:00 ※いずれも入館は閉館時間の30分前まで <会期中無休>

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